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「バカの壁」


  養老孟司氏著
全205ページ
680円+税
新書

■この本を一言で表すと
「人は基本的に見たいものしか見ず、知りたいものしか知ろうとしない」


■何故この本を手に取ったか?
「大ベストセラーであり、タイトルが面白そうだったから」


■流れ
バカの壁とは何か

脳内の係数

個性重視の欺瞞

人は変わるが情報は変わらない

バカの脳

一元論の危うさ



■レビュー■
『自分が知りたくないことについては
自主的に情報を遮断してしまっている』(P. 14)
人は基本的に見たいものしか見ず、
知りたいものしか知ろうとしません。
宗教にはまっている人を説得しにいけば、
このことをよく実感できると思います。
どんなに現実をつきつけても、
本人は頑なに客観的事実を認めようとしないものです。
(ゆうきゆう氏著「心理研究家ゆうきゆうのスーパーリアルRPG」参照)

『物事は言葉で説明してわかることばかりではない』(P. 16)
話せばわかる、という有名な言葉がありますが、
現実にはそんなことない、ということを多くの人はよく知っています。
仕事をしていれば、話が通じない人と関わることがあるからです。
これは常識のある人は分かっているのです。

でも、「そんなことはない、話せばわかるはずだ」と
信じて疑わない人もいるかもしれませんね。
ただ、その時点で
私が「話せばわかる」ということに納得していないわけですから、
この論点において、
お互いが分かりあえてないことにお気づきになるはずです。
もちろん場合によっては、話せばわかることもあるでしょう。
でも、話しても分かりあえないことも、また数多く存在するのです。

『自分は正しいと思っているバカが一番困る』(P. 159)

幼稚園児のイモ掘りで一度掘り返したものをまた埋め直して
子供の力でもひっぱったら
すぐに掘りだせるようにしているところがあるそうです。
これを園児が知っていてイモ掘りをするのであれば良いですが、
おそらくはそんなことは知らず、きっとサツマイモとは、
ひっぱったらすぐ抜けるようなものであると
勘違いしたまま育ってゆくのでしょう。

これでは詐欺です。
しかし、当の教育者は自然教育の一環だ、と言って大満足らしいです。
それどころか、こういうエセ自然教育を異常とも思わず、
自慢気に世間にアピールしてくるのだそうです。
著者が「自分は正しいと思っているバカが一番困る」というのも
こういう事例を示されては、納得せざるをえません。
勘違いした教育者の自己満足で、
子どもに誤った認識を植え付けているのですから。

もちろん一度掘った芋を埋めて掘り返させたっていいんですよ。
でも、それをちゃんと子どもに言っておかないといけません。
「ホントはもっと掘りにくいものなんだよ」と
一言いってきかせておくべきなのです。
それがされているなら、嘘の教育では無いと思います。

『誰が「個性を伸ばせ」とか、
「オリジナリティを発揮しろ」とか
無責任に言い出したのでしょうか。
この狭い日本において、
本当にそんなことが求められているのか』(P. 44)
はっきりいって、個性なんてそんなに多くは求められていません。
ビジネスに関して言えば、仕事の90%以上はオリジナリティを求められず、
むしろ、長年にわたって洗練された先人の知恵を拝借する方が喜ばれます。
さらに、残りの10%程度でさえも、
以前から存在するアイデアの組み合わせがほとんどです。

この事実が示す教訓は、
下手に個性を出すとビジネスでは生き残れない、ということです。
必要なものはすでに大抵揃っています。
新しく作ったものを「個性がある」と自称しても意味はありません。

それでもさらに必要だと言われる物があるとすれば、
それは現在あるものを少しだけ改良したものです。
多くの人に受け入れられるためには、
完全にオリジナルで無い方がよいのです。
あまりにも斬新すぎるものは、受け入れらず
相当の苦労を強いられます。

仕事でなければ個性重視も良いでしょう。
でも、個性があるというだけではご飯は食べていけません。
個性=無条件で良いもの、というような現在の教育では
社会で通用する人材はなかなか育たないでしょう。
そのままの君でいいんだよ、では進歩がないからです。

認められる個性があるとするならば、
他人から否定されてなお、
強い信念で突き進んだ末に認められるものだけであって、
独創的である、というだけでちやほやされ
何もしないうちから無条件で認められるものではないと私は思うのです。

『鐘の音は物理的に考えれば、いつも同じように響く。
しかし、それが何故、その時々で違って聞こえてくるのか。
それは、人間がひたすら変わっているからです。』(P. 56)
『知るということは、自分がガラッと変わることです。
したがって、世界がまったく変わってしまう。
見え方が変わってしまう。それが昨日までと殆ど同じ世界でも』(P. 60)
例えるなら、自転車に乗れるようになった人が、
もう一度自転車に乗れるようになる前の感覚に戻ろうとしても、
それは無理だ、ということです。
何かを知るということで、同じ情報でも受け取り方が変わってきます。
また、その時々の感情によっても情報の受け取り方が変わります。
同じ情報があっても、各人の受け取り方が異なるにも関わらず、
それぞれが自分の感覚が正しいとして譲らなかったら、
それがもうすでに一種の壁となって存在し、
分かりあうことを困難にしているのです。

『その時代の人間全員が、
一斉に共通の認識を持つようになるわけではない。
タイムラグは必ず存在します』(P. 67)
さらに、情報の伝達に時間差が生じます。
つまり、議論に必要な基本的な知識を持っている人と持ってない人がいて、
その二者間では、まともな会話はできないということです。

例えば、日本は二度の元寇があり、
武士は屈強なモンゴル兵に歯が立たず
後に神風とよばれる台風が運良く来なかったら今の日本はなかった、と
A君が学校で習っていたとしましょう。
ところが、この説は間違っていて、
本当は武士は強く元軍は上陸すらままならなかったのです。
だからこそ、本来陸軍主体のモンゴル兵が
数月も海上で船にこもっていたのです。
もし、武士が教科書の言うとおり弱かったのなら、
易々と上陸され、陣を築かれているはずです。
では、なぜ陸軍主体の元軍は上陸をしなかったのか?
武士が強くて、上陸できなかったから、
そう考えるのが自然です。
ゆえに、思ったように上陸できず
海上で足止めをくらっていた元軍は、
最終的に、秋まで戦が長引いて
台風に一掃されてしまっただけです。
よって、台風がこなかったら日本はなかった、
というのは、おかしいのです。
台風がこなくても、食糧が尽きる前に元軍は退却するはずです。

ここで教科書に書いてあることが間違っていることを知っているB君が、
A君に日本の武士は強かったよ、といっても
A君は教科書が正しいとして譲らなかったら、
この二人の間には、教科書というフィルターを通して
情報の伝達にタイムラグが生じていると言えます。
こうしてまた、分かりあえない一種の壁が存在してしまうのです。

『利口、バカを何で測るかといえば、結局、
これは社会的適応性でしか測れない』(P. 126)
東大出てても使えない奴がいる、とよく話題になるものですが、
それは何も驚くようなことではないのです。
一流大学出身者は、良い大学に入れるような
ペーパーテストの能力が高いことを証明しただけであり、
それは必ずしも仕事の能力と同じ分野ではないからです。
ただし、ペーパーテストで優秀な成績を取る人は、
他のことをやらせても優秀なことが多いです。

やってみるまで仕事ができるかどうかなんてわかりません。
しかし、学歴以外に仕事ができることを期待できる要素というものが、
あまりないのが現状で、仕方ないから企業も
学歴を見て、仕事ができそうな人を採用しようとしていただけの話です。

ですから、学歴が一番使えるのは新卒のときで、
それ以降はだんだん値打ちがなくなってきます。
たとえば、40歳過ぎても東大を出たことしか他人に誇れない人は、
卒業してから20年近く何の業績もあげてないの?と思われてしまうのです。

『相手を利口だと思って説教しても無駄なのです。
どのくらいバカかということが、
はっきり見えていないと説教、説得出来ない』(P. 182)
利口な人は少ない言葉でも、内容の要点を的確につかむことができます。
しかし、世の中はそんな人ばかりではありません。
それに人によって得意不得意があります。

ですから、ある分野で世界トップクラスの知能を持つ人でも、
別の分野では一般人となんら変わらないということがよくあります。
ゆえに、頭の良い人だから分かってくれるだろう、と
気を抜いて説明したら、相手に納得してもらえないことがあるのです。
よって、相手に期待して説明するのではなく、
相手の理解能力の最下限を探ってから説明するのが効果的なのです。

『一元論は長い時間をかけて崩壊する』(P. 193)
時代によって、正しいとされることは異なります。
今では他国を侵略することは絶対悪になっていますが、
たった100年前までは、
西欧列強がこぞって他国を侵略する帝国主義全盛時代でした。
しかし、そういう時代も数百年で終わりをつげました。

『バカの壁というのは、
ある種、一元論に起因するという面があるわけです。
バカにとっては、壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。
向こう側が存在している
ということすらわかっていなかったりする』(P. 194)
よって、物事を一方的にしか見ない場合、
その結論は一時期認められても、
後から、やっぱりおかしいね、と言われてしまうものです。

この点に関して、
つまりは他人の目(他社の意見)を気にすることは
とても重要になってくると思います。
これは日本人の得意とすることで、
日本では昔から世間の目を気にしてコミュニティが成り立っていました。
欧米の個人主義に勝る日本の要素は、
一元論的な物の見方をしない風潮にあると思います。

日本人には自覚がないかもしれませんが、
欧米の戦争物の映画などみると、主人公と敵対する軍が
これでもかってくらいに悪役として描かれます。
つまり、自分視点で見た場合の見方が官軍で、
それに敵対するものは賊軍であるという一元的な見方なんですね。
こういう映画の人気は長続きしないです。
もちろん一元的な見方で終わらない映画もあります。
スターウォーズでは、ダースベイダーの過去が描かれ、
何故ああなってしまったのかという点に言及していました。
つまり本来なら敵側である方の視点もいれたわけです。
そういう映画は長年愛されるものです。


■反論・誤植・注意点など■
特になし


■最後に■
断定的な論調なので、
細々としたところで反論したいことはあったのですが、
それは本書のテーマと本筋で関係ないし、瑣末なことであるので、
ちょっとした考え方の違いと思い、敢えてつっこみませんでした。

そもそも私は、断定して発言する人が好きなのです。
というのも、断定するからには相当の覚悟がいるからです。
発言に責任を取ることを前提にするなら、断定するには、
大変な下調べと十分な考察が必要になってきます。
ですから、その断定的な書き方に、
著者の自信やプライドを感じることができて、清々しく感じます。

私もよくやるのですが、十分に調べず臆測で物を書くときには、
「~かもしれない」などと曖昧な語尾で言葉を濁すのです。
こちらの方が、言葉が柔らかいので
一般に読者に好まれる傾向があるようですが、
調査等の苦労を考えたら、これはこうだ!と
言いきってくれる著者の方が評価されるべきと思います。




■評価■



点数合計 19点/30点満点

(1)読みやすさ 3点 
ふつう

(2)情報量 2点 
30-60min

(3)成長性 3点 
人間は話せば分かりあえるという幻想を
壊してくれるという点で評価できる

(4)実用期間 5点 
一生使える知識

(5)インパクト 3点 
ところどころ、そうか!なるほど、と思う箇所がある

(6)信頼性 3点 
本書の内容は、
著者の個人的な意見であるが、
説明や事例から主張に納得できる

レビューNo.0098
評価年月日:2011年2月9日



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