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「反社会学講座」


  パオロ・マッツァリーノ氏著
全312ページ
1429円+税
単行本

■この本を一言で表すと
「偏向報道と世の矛盾に対して根拠を示して堂々とつっこみを入れてみた本」


■何故この本を手に取ったか?
「書店でタイトルに惹かれて」


■流れ
社会学のダメさ加減

いちばんキレてた17歳

公平な社会を作るバカ息子

日本人は勤勉ではない

ふれあい大国日本

本当にイギリス人は立派で日本人はふにゃふにゃなのか

スーペー少子化論


■レビュー■
『社会学は非科学的な学問なのです』(P. 13)
社会学者である著者がいうには、
気に食わない相手を見つけて、
なぜ気に食わないのか結論を先に出し、
それを肯定するために都合のよいデータのみを集め、
データをもとに本を書いて著名になったらしめたものである、
といったような意見が述べられています。(P. 10-12)

『社会に問題がないと、社会学は存在価値を失います。
ですから社会学者は自分で問題を捏造し、
それを分析、処方箋まで書いてしまうのです』(P. 15)
この一文のみで、
なぜマスコミが言うほど世の中が狂っていないのかが
とてもよく理解できました。
というよりも、合点がいきました。
もとから狂っていない世の中を
狂っているように見せられていただけだったのです。

『こんな適当でお気楽な学問を、
科学的だと主張し給料をもらっている社会学者が何万人もいます』(P. 16)
すべての社会学者が適当だとは思いませんが、
著者がこう主張するのも無理からぬことです。
農学、理学、工学、医学などは、
どんな大学者が発表した内容であろうとも、
客観的にみておかしいことは
誰かがおかしいといって諌めることが可能です。
しかし、社会学にはそれがないようです。
ということは、学者の暴走を誰も止められないということで、
一種の独裁状態となり、大変危険な状況になってしまいます。

 

最近、凶悪犯罪が増えたという報道が多く、
その原因は物が豊かになったために、
心がすさんでしまったというおきまり文句が巷をにぎわしています。

ここで、凶悪犯罪とは、
警察庁の定義では、殺人・強盗・強姦・放火だそうです。
しかし、法務省では殺人・強盗のみが凶悪犯罪に位置付けられています。
『法務省の定義だと、一人暮らしのお嬢さんが
強姦された上にアパートを燃やされて路頭に迷っても、
命が助かればそれでよしということになります。
プラス思考ですね』(P. 21)
本当にプラス思考ですね。
でも、それは他人事だから言えることですけどね。
法務省のお偉いさんは、自分の身内がこのような目にあっても
「凶悪犯罪ではない、命が助かったのだから」
というのでしょうか?
そんなわけないですよね。
まったくおかしな話です。

『人間、食うのに困れば、盗みを働くのです』(P. 23)
ここで示されたデータから昭和40年代を境にして、
凶悪犯罪が激減していることが読み取れます。
ゆえに、貧困こそが犯罪の温床であり、
豊かになったから凶悪犯罪が増えていると感じているのは錯覚です。
マスコミが数件の殺人事件などを大げさに騒ぎたてるので、
治安が悪化したイメージが植え付けられてしまっているのです。
情報操作にまんまとひっかかっているのです。
要するに大多数の国民はマスコミに釣られているんです。
物が豊かになったら心がすさむというのなら、
昭和初期より犯罪が増えてないといけないはずですが
そうなっていないのですから、
豊かになる→心がすさむ→少年犯罪の増加
という論理は結果として間違っているとしか言いようがありません。

『本日ここに戦後最もキレやすかった少年が決定致しました。
グランプリは昭和三十五年の十七歳』(P. 26)
どうやら一番怖いのは、若者なんかよりも
団塊の世代だということのようです。
若い世代は、おっさんは弱いと勘違いして
道端で生意気な口を聞いていると
逆にシメられる結果となるでしょう。
礼儀に気をつけましょう。
くぐった修羅場が違います。

ウソだと思うなら道場にでもいって見てきたら良いでしょう。
自衛隊、機動隊でもOKです。
おっさんは本気で強いです。
『駅員に暴力をふるって警察ざたにまでなった乗客は、
五〇代が最も多かった』(P. 30)
まさかいい大人が暴力なんて振るわないだろうと、
タカをくくっているなら危ない目にあいます。
若者は昔に比べて強くなっているわけでも凶悪化してるわけでもないのです。
良い気になって相手を挑発してはいけません。
返り討ちにあって痛い目見るだけです。

『四〇代のみなさんは仕事が楽しくてしかたがない』(P. 47)

日本人は休まないで仕事ばかりしていると世界中が責め立てたものですが、
実は、レジャーが好きな人も多いのです。
その割合が約50%で、仕事に充実感を感じる人も約50%です。
体は一つしかありませんから、
何かに打ち込んで充実していたら、それで満足してもおかしくありません。
よって、日本人は仕事に打ち込んで充実感を感じているので、
わざわざレジャーで満足する必要がなかったと考えれらます。

『大家というのは、少数の富裕層に属する人たちなのです。
一人暮らしの若者が増えれば増えるほど、若者はより貧乏に、
お金持ちはより贅沢な暮しができるようになります』(P. 59)
パラサイトシングルをやたらと批判する記事が目立ちますが、
親と同居しているというだけで
若者の自立ができていないという乱暴な論理が成立しています。
しかし、いわゆるパラサイトシングルには、
生活費として月々定額を家に入れている者も珍しくありません。
これはいわゆる家賃に相当しますし、
親元に同居して倹約し、
少ない給与から貯蓄を増やしている者も数多く存在しています。
しかし、それを記事にしてもおもしろくありません。
また、不動産業界にとってもおもしろくありません。
さらに、大家さんにとってもおもしろくありません。
ゆえに、いわゆるパラサイトシングルが何をしようとも
マスコミによってたたかれる運命にあるのです。
もう、お門違いな批判は無視しておきましょう。
なぜなら、一人暮らしをしたから自立したことになどならないからです。
それどころか、本当の自立など誰もできていないからです。
そもそも自立という言葉の定義が
あいまいなのも問題です。
何をもって自立とするのか、
それは人によって違います。
経済的な自立を言う人がいるかと思えば、
心の自立がどうだ、こうだと言う人もいます。
人は一人では生きていけません。
仕事も一人でするものではありません。
よtって、真に自立すること=孤立
ということじゃないでしょうか。
それが我々のめざすところではないことなど、
誰の目から見ても明らかです。


『家を買う資金としてなら、
父、母、それぞれから三五〇〇万円ずつ非課税でもらえます』(P. 65)
両親とも裕福であれば、お互いの両親から合計1億7000万円を
非課税でもらうことができるのです。
これなら豪邸がたちますね。
持つべきものは金持ちの親、
といったところでしょうか。
それになんといっても、
日本では母親から何億円ももらっておいて
贈与税を知らんぷりしてもしょっぴかれない政治家が
存在しているくらいですから、
当たり前すぎてこのくらいは驚きに値しないのかもしれませんね。

『メラビアンの法則なるものは、存在しない』(P. 111)
このメラビアンの法則を知った人が、
鼻高々に知識を披露する場面に何度も出くわしたことがあります。
そのたびに訂正するのも面倒なので適当に合わせていますが、
私もメラビアンの法則などまやかしの類、と考えています。

理由は、著者の出した例が分かりやすいです。
日本語しか話せない人が、
スワヒリ語しか分からない初対面の外国人に
「今度の日曜日、
朝八時にJR東京駅八重洲口に集合」という内容を
「しぐさ・表情・声質・身だしなみ」のみで伝えてみたらよくわかります、とのことです。

メラビアンの法則によれば、
これだけで93%もの伝達能力があるそうです。
なるほど、すごいですね。
ところでそのパーセンテージって、どうやって算出したんでしょうか?
アナログ的ともいえる情報伝達度が、
そんなに正確に比率の計算ができてる時点で相当疑わしいです。

一方で、
無表情にスワヒリ語に訳されたさきほどの内容を
ただ棒読みしてみたとして、
メラビアンの法則によれば、
情報伝達能力は7%しかないのですが。
どちらの方が目標が達成できる可能性が高いでしょうか。

もちろん私が伝達係なら、
翻訳文を棒読みする方を選びます。
しぐさや表情は発言の裏をとるには良いでしょう。
しかし、それはことの真偽を判断するときに使えこそすれ
本質的な情報を伝えるものではないのです。
それなのに7%って・・・、もう笑うしかないでしょう。
だってこれ、冗談の類なのですから。

大変残念なことに、
これをすべてにあてはめて利用できると
勘違いしている人が多すぎなのです。
厳しいことを言わせてもらいますが、
メラビアンの法則が万事に通用するなどと
信じていた方はマニュアル人間のこと笑えませんよ。

 

『ヨーロッパの大学生は学費無料』(P. 179)
『ヨーロッパの奨学金んは貸与でなく給与のものが多い』(P. 180)
ヨーロッパの学生は日本人学生よりも自立しているようにいわれますが、
実際のところ、日本人学生の方が厳しい環境にあります。
私が学生のころポーランドから大学を見学に来た学生一団が
日本の国立大学の授業料の金額が高いこと、
また奨学金のほとんどが貸与であることを知って、
騒然となっていたのを覚えています。
そのときの対応した教員の台詞が、
「彼らの親はそれなりに金を持っているから大丈夫なのです」
という内容ではっきりいって失笑でした。
じゃあ、優秀だけど貧乏な人はどうするんでしょう。
運が良ければ学費免除の申請が通りますけど、
人数制限がありますので基準を満たしても
半額すら免除されないことが多々あります。
また、ヨーロッパのように奨学金と称して
生活費の支給はありませんよ。
欧州の奨学金は給付型で、日本の貸与型とは異なります。
また、多くの公共交通機関も
学生は無料だったりして至れりつくせりの状況です。

ここで、
アメリカ人は自分で払っているという主張をする人もいますが、
『自分で学費を払っていると自慢するくらいなら、
データを見せびらかしてもよさそうなものですが、
そうしないところがますます怪しい』(P. 183)
見栄っ張りのアメリカ人が自慢してきません。
裏付ける根拠があるなら出してくるはずです。
怪しいとおもった著者は搦め手をとりました。
自力で学費を負担しているというが、
彼らは卒業のために必死で勉学に励んでおり、
多額の費用が払えるだけのアルバイトはできません。
よってローンや奨学金を利用することになるはずですが、
利用していない学生が38%もいます。
この約40%の学生は親の金で大学に行っているとしか思えません。
残りの学生も、少なからず親からの援助を受けていると思われます。
結局、アメリカ人が自分で学費を負担して大学に行くという話は、
それなりに誇張されているといっても過言でないでしょう。

というわけで、
著者のいうとおり、客観的事実から言って
日本人学生もへにゃへにゃですが、
欧米の学生の方がもっとへにゃへにゃなのです。

『私は、幼児英才教育は長い目で見れば効果はない、
と結論づけます』(P. 204)
幼児英才教育をした子供たちが大きくなったときに、
みんな優秀な人に育っているのであれば、
大手予備校が大学合格者数を宣伝するように
英才教育機関も宣伝すると考えるのが自然です。
ところが、みなさんもご存じのようにそれが無いのです。
そういうことです。

『感想は自由だといいながら
教師は平気で正しい感想の存在をほのめかします』(P. 208)
こういう教師ってきもちわるいですね。
私の個人的感情で申し訳ありませんが、
下手に人権だの、万人平等だのと
自分が尊敬されたいから言ってる教師というのは
見ていて反吐がでます。

私は広島出身なのですが学校教育は日教組の影響が強く、
国歌をまともに習った記憶がありません。
歌うかどうかは君たちの自由だ、とか言うのです。
でも、知らない歌を歌えるわけないありませんよね。
とても択一的であるのに選択の自由とか独裁国家なみの理論ですよ。

彼らは自分の自尊心のために耳障りの良い言葉を口にしますが、
それが生徒のためになることはありません。
黙って自分の日記帳にでも書いてろ、と思います。

本当に尊敬できる先生というのは、
生徒のことを第一に考えて相談に乗ってくれる先生です。
知識の吸収だけなら独学で十分です。
「畢竟、独学に勝るものなし」です。
(中谷彰浩氏著「大学時代しなければならない50のこと」参照)

尊敬される教師というものは、
自分が尊敬されたいからでなく、
学生の将来を第一に一生懸命考えてくれるものです。
あなたが今でも思いだす恩師は、
道徳を振りかざしていましたか?
そうじゃなくて、
あなたのことを本気で考えてくれた先生ではないですか?
時には平手打ちしてでも
あなたを悪い道から連れ戻してくれた先生じゃないでしょうか?

たとえその先生が問題解決において力不足だったとしても
生徒は一生その先生のことを忘れないと思います。
その先生のことを尊敬さえすると思います。
教師というのは本来そういう存在であるべきではないでしょうか?
知識だけなら先ほども言いましたように、
自分で勉強するのが一番いいわけですから、
先生には教科書で学べない大人の責任ある姿とか、
人としてあるべき模範を示して頂きたいと思います。
それができないなら学校教育は、
全てサテライト方式にして、
予備校の超一流講師に担当してもらい、
あとは、難関国立大、もしくは医学部学生を
チューターとして雇う方がはるかに安く
良質な教育を生徒に施せるでしょう。
私は誰に批判されようと、
生徒のことを第一に考えない先生なら必要ないと断言しておきます。
自分の自己満足のために道徳を振りかざす先生ならなおさらです。

『時代によって悪役は本→映画→テレビと移り変わります』(P. 213)
今でこそ、読書を推進しようとする動きがありますが、
その昔、読書は娯楽で批判の対象だったのですね。
それが驚きでした。

『心理テストは便利です。
結果に異議を申し立てても
「いや、あなたがそう思ってなくても、深層心理ではそうだから」
と押し切ることができます』(P. 231)
心理テストというものは、根拠がとても怪しいです。
にもかかわらず、心理学者が、そうだといったら
相手の土俵であるために反論しにくい状況にあります。

しかし、
たとえば、心理テストでフロイト先生がいっていることって、
やたらと性的な解釈が多いように感じるのですが、
これではテストを受けた人でなくて、
フロイト先生自身が欲求不満だったんじゃないかと
勘繰りたくもなるというものです。

心理テストへの幻想が捨てられない方は、
こちらの本を一読してみて判断されてはいかがでしょうか。
(村上宣寛氏著「心理テストはウソでした」参照)


『悲観主義者というのは、ひきょうなんです』(P. 241)
まったくもってその通りだと思います。
なぜなら、悲観主義者というのは、
悲観論を出しといて、それが現実になれば、
「ほらみろ、いわんこっちゃない」と得意満面になり、
現実にならなければ、
「警告した甲斐があったよ」とちゃっかり主張します。
要するに、自分の発言に責任を取らなくても済むということです。

それに引き換え、
楽観主義者は、もし悪いことが起きたら、
多方面から非難が集中します。
だから、楽観主義者は相当数のデータを集め、
根拠を示している方が多いのです。
『腹立たしいので、
超悲観論者をスーパーペシミスト、
略してスーペーと呼んで蔑んでやることに決めました』(P. 242)
著者のこのノリが個人的には好きです。

『東京の公園にこどもがいないのは、
少子化が進んだせいではありません』(P. 248)
理由は禁止事項が多すぎるからです。
サッカー、野球などの球技禁止、
スケボー禁止、噴水での水遊び禁止、
花火も禁止などなど
そんなところで何して遊べばいいんでしょうか?
要するにこれは、
子供は家でテレビゲームでもしてろ、と
言っているに等しい状態なのです。



■反論・誤植・注意点など■
『なんてことはない、日本はむちゃくちゃ運が良かっただけなのです。
下駄を履いた状態でスタートできたのですから』(P. 94)
日本が幸運なのは認めますが、
下駄をはいた状態というのが納得できません。
日本は戦争によって、
人口の多い都市を上から64都市
国際法違反にも関わらずアメリカによって焼き払われ、
軍人、民間人併せて約300万人の人的被害をこうむりました。
これのどこが下駄をはいた状態といえるのでしょうか?
中国なんかちゃっかり戦勝国になっちゃったのに
いまだに先進国じゃないんですが、それはなぜなのでしょうか?
運が悪かったからだと言い張る気でしょうか?

『殺人1157件中、配偶者に殺されたのは191件で第二位。
もっとも多かったのは知人・友人の282件です。
独身で恋人も友人もいない、
とお嘆きのさびしがりやのあなたに朗報です。
あなたは長生きできます』(P. 160)
なんというプラス思考。
その前向きな考え方は素晴らしいのですが、
実際のところ、第一位と第二位を足しても
473件しかありません。
全体の約40%です。
ということは他の理由がまだ60%も残っているのですから、
やっぱり安心できませんよ。

『夏季限定首都機能移転』(P. 234)
現実的ではありません。
首都機能移転ということは、
それに伴い人が移動します。
夏季ごとに多くの単身赴任者
もしくは引っ越さねばならない家族を作り出すことになります。
さらには、交互に移りすむ家が要るため
持ち家が二つ必要になります。
仕事に必要な施設だってただじゃありません。
首都機能は完全移転ならともかく、
夏季限定で移転だなんて非現実的すぎです。
ありえません。


行動力不足をやたらと気にするスーペーさんたちがいます。
労働力の不足を補うためには正社員を希望するフリーターが
200万人いるので、これで140万人、
ひきこもりも在宅でよければ、十分労働力として活躍できます。
よって、これで100万人の合計240万人が
労働者として活躍できます。(P. 273)

しかし、それだけではありません。
日本の失業率は約5%です。
労働可能な人数は約8000万人です。
よって、現在無職の人が400万人もいます。
これらの人たちを合わせれば、
合計640万人の労働力が確保できます。
著者はさらに移民も受け入れればいいといいますが、
移民なんか日本には必要ありません。

そもそも、少子化だからといって、
なぜ労働力が足りなくなるといえるのでしょうか?
人口が減れば、それだけ全体的に需要も減ります。
ということは必要な労働力も減ります。
そこを著者も指摘しています。

いまは物あまりの時代です。
物が余る時代の次には、人が余る時代がきます。
(斎藤一人氏著「斎藤一人の「世の中はこう変わる!」参照)

人の手で作らねばならない物が減り、
機械で自動的に作られるのがこれからの時代です。
単純な人口の増減で、国力を語るのはおかしいのです。
素手でパソコンの基盤やCPUを作成している人を見たことありますか?
製作は全部自動であって、人はそれを管理するために少数でいいのです。
高度な技術を要する製品ほど、
熟練の職人か高性能な機械が必要です。
人口の多さは関係ないのです。
この事実は移民を日本に受け入れさせて
乗っ取りを画策している外国籍の人たちにとって
とても都合の悪い真実ですので、
マスコミで報道されることはありません。
しかし、根拠がおかしいことには、
必ず論理に、ほころびがあります。
そこを見抜けるかどうか、
これからの日本では、そういう力が必要になると思います。



■最後に■
失礼を承知で申しあげるとすれば、
もとより社会学なんて信用はしてませんでしたが、
本書のおかげで社会学というものが
やはり大変怪しい学問であることが良くわかりました。

『事実はひとつ、解釈は無数』(P. 84)
という言葉がすべてを物語っていると思います。

著者のノリについていけない人はまじめな方です。
おかしいわけではありませんから、
それでいいと思います。
ですが、この本には遊び心があります。
それを一時、普段と違った視点で見てみるのも
新しい発想などが見えてよいと思います。
何を隠そう私は本書のようなノリが大好きです。


反社会学講座の文庫版もあります。
反社会学講座 (ちくま文庫)


■評価■


点数合計 25点/30点満点

(1)読みやすさ 4点 
読みやすい

(2)情報量 3点 
60-120min

(3)成長性 4点 
世の中のデタラメに
きちんとした根拠をもって反論できる

(4)実用期間 4点 
むこう10年は使える

(5)インパクト 5点 
内容は真面目な話なのにすごく面白かった。
裏をきちんととって常識と思われていることに反論しているのが
大変良いと思いました。

(6)信頼性 5点 
根拠が的確、信頼できる


レビューNo.0865
評価年月日:2010年12月9日



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